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And Q.

思ったことを書きます

社員旅行に行ってきた

10/9-10/12まで、沖縄まで社員旅行に行ってきた。
新卒チームのリーダーである僕はそのままの流れでツアーリーダーを任されることになった。
80人弱の人間の動きをシミュレートして、滞りなく旅行を終わらせる。かつ、宴の席では社員を楽しませる。両方やらなくちゃいけないのがリーダーのツライところだった。
段取り中の話とか書いても何も面白くないし、ただの大変だった自慢になってしまうのでここでは割愛する。

出発直前

旅のしおりが完成し、いよいよ沖縄に旅立とうという時、台風19号が沖縄に向かっているという報せが届いた。
もしこのまま沖縄に上陸して飛行機が降りられないとなれば、中止になるのでは?と淡い期待を抱くも、中止になったところで埋め合わせが必要になるのは必至だったし、折角の準備が水の泡になることを考えると、とりあえず沖縄までは飛んでくれ、ということを祈るしかなかった。

初日(10/9)

祈りが届いたのか、台風はまだ沖縄のはるか東に居た。
朝5時、オフィスに続々と集まる社員たち。僕はというと『寝たら間違いなく遅刻する』という強迫観念から一睡もできなかった。
沖縄に着いてからはチーム単位でレンタカーに乗り込みホテルを目指す段取りになっていて、僕は自身が所属するチームの運転手も兼任していたので、睡眠を取らないのは愚策だったとしか言いようがないが、リーダーが寝坊するよりは遥かにマシだと思った。
飛行機では2時間以上眠れるし、なんとかなるだろうと思った。実際なんとかなった。

ホテルに荷物を置き、昼食を済ませ、風が吹きすさぶビーチへ。
初日は全社員によるレクリエーションをビーチで行うことになっていた。
「全員が参加できて、なおかつ楽しい物」を考えるのはかなり骨が折れる作業だったが、なかなか好評だったので救われた。

夜は宴会。新卒による一発芸大会(もちろん、自分もひとネタ披露した)の後、社長自らがプロデュースした社員たちによるカラオケパフォーマンス大会。これも非常に盛り上がり、盛況のうちに初日は全工程を終えることができた。

2日目(10/10)

部屋のベッドに横になったと思ったら昼前になっていた。
この日は完全自由行動だったので、万座毛や城跡など、ファンタジックな景色を楽しむ1人の時間を楽しもうと思っていた。
しかし、「帰る予定の日に丁度台風が沖縄にいるため、今日飛行機の手配が出来たら帰る、という人を帰らせる」というミッションが発令された。
結果として1人たりとも帰らなかった(席が取れなかった)ものの、これの調整にかなり時間を奪われ、目的の場所に行くことは叶わなかった。
仕方ないので宜野湾ラウンドワンにお金を落とし、ココイチでカレーを食べ、翌日停電するから、ということで適当に食料を買って帰ってきた。

3日目(10/11)

この日はチームで離島に行き、マリンスポーツを堪能する予定であったが、台風による影響で船は出せない、ということで中止になった。
台風はかなり近づいていて、雨と風がすさまじいことになっていた。
社員の安全を考えて外出を禁止にし、各自部屋で適当に過ごしてもらうことにした。
自分はあるイベント用の静的ページのコーディングをやっていた。なかなか捗った。

夜にはプールサイドのラウンジで宴会が予定されていたがこれも中止。会場を室内に移し、食事を楽しむことになった。
そんな中、社長は再び宴会カラオケ芸をプロデュースしていた。このポジティブさは見習っていきたいと思った。
会場は小さくなったものの初日以上に宴会は盛り上がり、最後の最後に停電するというハプニングでこの日は幕を閉じた。
夜はなかなか話せない話を延々としていた気がする。あまり覚えていない。

4日目(10/12)

本来であればこの日の15:00の便で東京に戻るはずだった。
前夜の時点で15時の便は19時半に遅延が確定、さらに前後の便以外は全て欠航するという事態に。
押さえた便の時間が良かった。もしもう少しでも早かったり遅かったりしていたら、延泊が確定していたのだから。
台風は一応沖縄から離れ始めていたものの、未だに雨風は強く、高速道路は閉鎖されていた。
下道を使いゆっくりと空港に向かうことになった。
空港は空席待ちのお客さんでごった返し、スタッフの方々もとても混乱しているようだった。
フライトの時間が近づくにつれ、不安は広がっていった。
まず、飛ぶはずだった、乗る便の1本前の便が那覇に着陸できず引き返し、欠航が確定。
このまま僕らが乗るはずの便も引き返してしまうと、延泊が確定する。
社員全員が、乗る便の着陸を祈った。こんな一体感は初めてだったと思う。
着陸が成功した瞬間、出発ロビー内が拍手で溢れた。
降りてくる乗客、スタッフ、操縦士の方々にも大きな拍手が贈られた。感動的な瞬間だった。
帰りの飛行機ももちろん爆睡だった。



というわけで災難な誕生日でした。25歳の僕もよろしくお願いします。